知ってますか?~夏の風物詩 風鈴の歴史~

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夏の風物詩

こんにちはmizuです。

夏になるとどこからともなく聞こえてくる風鈴の音。美しい音色で私たちを心を癒してくれます。風鈴の音色を聴くと暑い夏も吹き飛んでいきます!

そんな風鈴ですが、日本のイメージが強いと思います。果たして本当に日本で生まれたのでしょうか?なんのために使われていたのでしょうか?

ふと、気になり調べてみました。

筆者は風鈴が欲しいです、、、

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イメージと違う風鈴の起源

江戸風鈴や南部風鈴、小田原風鈴など日本で作られている風鈴はたくさんあります。どれも素敵な形や音が鳴ります!しかし、実は風鈴は日本が起源ではないのです!

風鈴ははるか昔、中国の唐の時代までさかのぼります。

もちろん今の風鈴とは全く違う用途で使われていました。その用途とは?

唐の時代の中国では、占いとして使われていました。竹林の東西南北に風鐸(ふうたく)を吊り下げて風の向きや音のなり方で物事の吉兆を占っていました。中国では「占風鐸(せんふうたく)」といいます。

この占風鐸が仏教や建築技術とともに日本に伝来したと考えられています。

風鈴は夏の風物詩ではなかった?

奈良時代の遣唐使により仏教など様々なものが中国から日本に伝来しました。風鐸もそのころに伝来したと考えられています。

では、どのようにして使用されていたのでしょうか?

それは、「魔除け道具」です!!

お寺の四隅に取り付けて、音が聞こえる範囲に聖域を作っていたためです。当時、日本では「強い風が吹くと流行り病や悪い神を運んでくる。」とされており、魔除けの意味で付けられていました

聖域では、災いは起こらないとされていました。

風鐸は青銅製?

先ほど、音が届く範囲は聖域と伝えましたが、そんなに響くの?と思ってしまいます。ですが、当時は音が「ゴーン、ゴーン」と鳴っていたと伝われています。

今では、ガラスや様々なものが使われていますが、昔は青銅でした。実はオリンピックの銅メダルも青銅でできています!

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こちらが風鐸です!

風鈴という言葉の表記

「風鈴」という表記は鎌倉末期に作られたとされる国宝『法然上人行状絵図』に「極楽の七重宝樹(しちじゅうほうじゅ)の風のひびきをこひ、八功徳池(はっくどくち)のなみのをとをおもひて、風鈴を愛して」とありますが、これは「ふうれい」と読みます。

作者が風鐸と書かずに風鈴と記したのは中世には鈴を持って踊るさまざまな田楽風流踊りが各地で流行したことが影響したとも考えられます。

これが、最初の風鈴の表記と考えられています。

このころになると貴族の屋敷でも風鐸を吊り下げる屋敷も増えてきました。

江戸時代になるとガラス製へ

それまで青銅で作られていた風鈴ですが、江戸時代になると西洋からガラスの文化が伝えられ、ガラス製の風鈴が誕生しました。

さらに時代が進むと、庶民にも愛されるようになりました。

庶民の間で風鈴が流行すると、その役割は魔除けだけでなく飾って楽しむものとしても扱われるようになっていきました。

鈴虫がまだいない夏の始めには風鈴を縁側に吊り下げ、鈴虫が出始める夏の終わりから秋にかけては風鈴をしまっていたそうです。 夏の風物詩としての風鈴文化は、この時代に形成されたものだったのです。

風鈴が有名な神社

川越氷川神社

関東屈指のパワースポットととして知られている川越氷川神社。毎年風鈴などを飾っており、様々な風鈴に関するイベントを行っています。

川崎大師

日本全国の風鈴を集めて毎年7月に開催される「川崎大師風鈴市」。年々盛況を呈し、夏の風物詩として関東近郊はもとより全国の皆さまに親しまれているようです。

川崎大師Webサイト
厄除け大師として知られる真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺(通称:川崎大師)のサイトです。川崎大師の歴史、行事、施設紹介などを掲載しています。諸願成就のお護摩祈祷、自動車交通安全などのご祈願成就に、皆様のご参拝をお待ちしています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?夏の風物詩である風鈴は意外な使われ方をしていたことに驚きです!今では、様々な風鈴が世の中にはあります。皆様も素敵な風鈴を見つけてみてはいかがでしょうか?

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