金沢に旅行したらここを観光!!~in金沢城・忍者屋敷妙立寺~

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旅行

こんにちはmizuです!

金沢といえば、たくさんの観光スポットがありますが、今回は金沢城と妙立寺についてご紹介です!!

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金沢城といえば、国の史跡に指定され日本100名城に登録されており、今は金沢城址公園として整備されています。

金沢城の歴史

もともと金沢城は、加賀一向一揆の拠点で浄土真宗の寺院である「尾山御坊(おやまごぼう)」でありました。この尾山御坊は寺というより、大阪の石山本願寺(大阪御坊)と同じく石垣を並べ、城ともよべる要害でありました。

1580年に織田信長が一揆を攻め滅ぼし、跡地に金沢城を築いて佐久間盛政を入城させた。これが、金沢城の始まりであります。

のちに佐久間盛政が賤ケ岳の戦いで豊臣秀吉に討たれ、前田利家に金沢城を与えました。前田利家は、1592年にバテレン追放令により追放されたキリシタン大名である高山右近に縄張りをさせて、改修工事を行い、五重の天守や櫓を建てました。

1602年に天守が落雷によって焼失してしまい、代わりに三階櫓が建造されました。また、この頃から金沢城という名称が定着しました。

金沢城は明治時代以降、存城とされて軍施設が置かれたため建物の一部を残して撤去されました。第二次世界大戦後には金沢大学が1995年まで置かれていました。

1996年、 石川県が国から金沢城址を取得し、金沢城址公園として整備を開始して現在に至ります。

金沢城公園

まるで忍者寺!?~妙立寺(みょうりゅうじ)~

妙立寺は複雑な建築構造をもち人呼んで”忍者寺”。建立当時は、幕命で三階建て以上の建築は禁止されていました。しかし、妙立寺は、外観は二階建てだが、内部は四階建て七層にもなっています。

その仕掛けは?

物置の戸を開いて、床板をまくると階段がある本堂の隠し階段。

金沢城まで続き、逃げ道にもなっている伝説の井戸。

落とし穴としても利用できる仕掛け賽銭箱

多様な仕掛けが施されている妙立寺ですが、忍者の寺として建立したのではなく、幕府からの公儀隠密や外敵の目をあざむくために装備されたもので、堂内のあちこちは迷路のようになっています。

徳川幕府は名実ともに日本全国を統一するために、ささいなことを理由に、多くの諸大名を取り潰していました。藩主であった前田利常も徳川家から嫁を迎えて、母を人質に出し、鼻毛を伸ばして馬鹿殿様を演じていました。

その一方で、万が一取り潰されたり、争いになった際に多くの武士が住むことのできる寺院を新築しました。その中心に監視所の役割・防御拠点として建立しました。

見学する際には予約が必要となります!!

日蓮宗/正久山 妙立寺(忍者寺)
忍者寺として知られる金沢市の妙立寺。そびえ立つ屋根、その上の望楼、武者隠しのある本堂、数多くの隠し階段、切腹の間、そして落とし穴まで様々な仕掛けのある寺です。

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