デートとと婚活!~昔も今も変わらない夏の風物詩花火~

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夏の風物詩

こんにちはmizuです!

夏になると夜空に光る「花火」。真っ暗な夜空を大きな花が明るく輝かせます!

わずか数秒だけ咲き誇る夜空の花。その花を好きな人と一緒に見てひと夏の思い出を作るカップル。または、花火を口実に勇気を振り絞って誘った付き合う前の男女。家族。夫婦。友達。

など様々な人たちの心に残る花火大会。実は江戸時代では婚活として使われていました。

まずは、今回の記事に欠かせない人と人をつなぐ花火の歴史から!日本の想いが飛び交う熱い夏に欠かせない花火はどのようにして広まったのでしょうか?

日本の花火の歴史について

花火の誕生

花火の起源は火薬の基本となる硝石が紀元前3世紀に古代中国で発見されてからと言われています。この硝石は「狼煙(のろし)」や戦闘の道具として使われて、火薬の技術の発展とともに花火が6世紀頃の中国で誕生します!

その後、13世紀頃にヨーロッパに伝わり、最初は大砲の音や煙に色を付けるようにしたものでした。近代の形に近い花火は、このころにイタリアのフィレンツェで打ち上げられたのが最初と言われています。この当時はヨーロッパの花火は主に王族や貴族の物であり、権力を誇示するために用いられていました。

16世紀になると花火はイングランドを中心に発展し、戴冠式や結婚式、誕生日などに関する特別な日を祝うために打ち上げられました。

この時代の洋画を観ると確かに祝い事の時には打ち上げられています!実際にあったことなのですね!

「花火」の画像検索結果

日本への伝令

諸説ありますが、1543年の鉄砲の伝来とともに観賞用の花火が日本へ伝来したと考えられています。そして、1613年に明国の商人がイギリス人ジョン・セーリスと共に駿府城の徳川家康を訪ね、鉄砲などとともに花火を献上したのが、花火が全国に広まるきっかけになりました。

徳川家康の手に渡った花火は火の粉を吹き出すだけの単純な花火でしたが、感動して花火制作に力を入れました。その後、様々な流派が生まれて三河(現在の静岡県)は花火発祥の地とされ、全国に「三河花火」の名が広がりました。

現在、この地方に花火の製造業が多くあるのはこの名残です!

日本で初めて花火を見た人物

日本で初めて花火を見た人物は徳川家康のほかに伊達政宗という説もあります。

伊達政宗は1589年に中国人花火師が作ったものを米沢城で見物したという記録が残されております。(ですが、政宗の記録は徳川家康の記録よりも新しく内容が似ているため、一般的には徳川家康が最初に見た人物として挙げられます。)

花火の流行

家康の花火見物以降、他の大名にも伝わることとなりました。特に尾張、紀州、水戸、九州などの各藩で大流行となりました!

庶民も大名の花火を楽しみにしていたと言われています。

庶民の間に花火が流行したのは、1623年、3代将軍徳川家光が花火を奨励したことがきっかけです。江戸の町にねずみ花火を持った花火売りの姿が見られるようになりました。

江戸に花火が広まると、花火よる火事も増えていきます。これを受けて幕府は花火を禁止するお触れを出します。しかし、度々出されていることからものすごく人気だったのがわかります。

今も昔も花火の美しさは人々を魅了していました!

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江戸の花火は婚活だった?

花火会場に行くには基本的には皆さん電車でまたは近隣の方は徒歩で行くと思います。車だと通行止めになっていたり、近隣の駐車場は場所取り合戦が激しいと思います。

なので、必然的に徒歩になると思います。そして、いい席を確保するため・混雑を避けるため打ち上げ時間より早く来る必要があります。花火会場での待ち時間、駅から会場までの時間どうしますか?打ち上れば流れに身を任せればいいと思いますが、、、。

そんなやきもきした時間を江戸の男はうまく使っていました。

実は江戸の花火は1発目を打ったあと次の花火を打つまでに45分の時間がかかっていました。いちいち打ち上げ筒を倒して掃除して、また火薬を詰めなおしという作業をしてから2発目が揚がる、それが当たり前です。

なので、その間に居合わせた男女が仲睦まじくなることもままあったそうです!

1860年頃に詠まれた歌にも「上がる龍勢 星下り 玉屋がとりもつ 縁かいな」というものがあるそうで、「龍勢(打ち上げ花火)を見るための夕刻に、花火師(玉屋)さんが運よくこの仲を取り持ってくれたなぁ」という、男性の気持ちが込められています。

つまり、当時も花火は男女の出会いのきっかけや婚活に使用されていたことがうかがえます!

いや~それにしても45分も間を持たすとは江戸の男のコミュニケーション力が羨ましい!と思っている方、そんな話題がないという方。花火の歴史についてお話ししてみてはいかがですか?

なぜ、「たまやー」というのか?

間を持たすための話題作りとしてこんなお話はいかがですか?

江戸時代の花火職人、鍵屋弥兵衛(かぎややへえ)が作った花火が庶民の間で大人気となり、花火と言えば「鍵屋」と言われるほどになりました。

その後、東京にある隅田川で花火を打ち上げる習慣が生まれたんですが、「鍵屋」からのれん分けをした「玉屋」ができて、鍵屋と玉屋の花火競演が行われるようになります。隅田川の両国橋を境に、下流は鍵屋、上流は玉屋が受け持ち、それぞれの花火が上がると、観客が「たまや~、かぎや~」とかけ声をかけるようになりました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?花火の美しさは私たちを魅了します。なぜ魅了されるのか?きっと、どことなく桜の花に似ていて、どちらも美しい花を咲かせて一瞬で儚く消えていくことに人間の一生の儚さが重なっているのだと思います。

その儚い一生の中で手に入れたチャンスを逃さずにつかみ取っていきましょう。この花火のお話しで相手の心をつかみましょう(笑)


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