おすすめのおせちをご紹介!!日本の伝統食おせちの歴史について

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歴史

こんにちは!

早いもので、今年も終わりが近づいてきました。

年々、時間が過ぎていくのが早く感じられます(笑)

新年が明けたのもつい最近のよう、、、。

新年が明ければ、親戚で集まって挨拶をしたり、家族でテーブルを囲ってゆっくりと過ごしたりと様々だと思います。

そこで必要不可欠なのがだと思います。

ですが、おせちはものすごく高いイメージがあります。

なので、今回はおすすめのおせちをご紹介します!

お正月に向けて早割 お得な商品

おせちは高いという方もたくさんいらっしゃると思います!早く予約することで割引が適用されるお店もあります。まずは早割のご紹介です!

有名料亭のおせちをお得に 匠本舗

こちらでは、さまざまな有名料亭のおせちを取り揃えています!最大で20000円の割引が実施されています。

二万円もの割引が実施されれば、その二万円をお年玉に回したり、年末ジャンボや福袋の代金にも回すことが出来ますね!

ネットショッピングサイトなので、有名店のおせちを比較してみることも出来るので食材などにもこだわりたい方にはオススメです!

和洋折衷のおせち 高砂

和洋のおせちを楽しむことが出来ます!グラタンやローストポークなどの洋の料理も含まれているため家族みんなで料理を楽しむことが出来ると思います! 最大で3500円割引になります。

10月から新しいおせちも販売されているので必見です!

キティちゃん!?ミッキーがおせちに!!? 紀文

ミッキーやミニーとお正月を楽しむことが出来ます!ハレの日にふさわしく梅や菊の花があしらわれています!

お正月が終わった後もピクニックや運動会にも利用できそうですね!

こちらはキティちゃんのおせちです!食材にキティちゃんが描かれており、子供も家族みんなで楽しめそうです!

本格派 おせち

博多久松

九州、博多から美味しくて安心・安全な料亭おせちをお届け!今年は過去最多の16種類の品揃えで子どもから大人までご満足いただけるおせちです。お試しおせちも好評とのことです!

楽天グルメ大賞を12年連続受賞をしています!そして今年は16種類と豊富に取り揃えられています!

お値段も1人前6000円からの商品もあり、一人でも大勢でも要望に応じて商品を探せることが特徴の一つです。また、おせちの味をお試しということで500円で試せることも出来ます!

ヨネスケさんプロデュース 虎ノ門市場

2020年度おせち特集|虎ノ門市場おせち
虎ノ門おせち応援団長ヨネスケさんがお勧めする鉄人と匠の芸術おせちの数々。ここにおせちの頂点がある

数々の番組でグルメリポーターを務め、プライベートでも食に妥協しない生粋の美食家。虎ノ門市場では「食の案内人」として各地の逸品グルメ独自の審美眼と言葉で伝えています。世界に誇る日本の食文化の集大成ともいえるおせち料理を見出すためにプロデューサーに就任しました。虎ノ門市場おせちヨネスケさんがプロデュースする大人気おせちです!

ぜひ、ご賞味してみてはいかがでしょうか?

おせち料理の歴史

おせち料理は弥生時代に中国から伝わったことに始まり、江戸時代後期に現代に近い形になっています。おせち料理はどのような歴史をたどって、生まれたのでしょうか。

おせち料理のはじまりは弥生時代から

おせち料理の起源は、弥生時代まで遡ります。
稲作が縄文時代の終わりに中国から日本に伝来し、弥生時代にかけて広まったことで、狩猟中心の社会から農耕中心の社会へと変わりました。中国から「節」を季節の変わり目とする暦ももたらされ、節ごとに収穫を神様に感謝して、「節供」といわれるお供え物をする風習が生まれたのです。
「節供」として供えた作物を料理したものは「御節料理」
と呼ばれ、おせち料理のもとになったとされています。

おせちが定着したのは奈良時代から平安時代

弥生時代では風習であったおせち料理が定着したのは、奈良時代から平安時代の時期に、節の儀式が宮中行事として執り行われるようになったことによります。唐の暦法にもとづいた節目の日である節日に、邪気を祓い、不老長寿を願う儀式として「節会(せちえ)」が催され、「御節供(おせちく)」と呼ばれるお祝い料理が振る舞われました。特に、五節句の日に開かれる節会は重要視され、五節会と言われていたといいます。

平安時代に五節会が開かれたのは、1月1日の元日と1月7日の白馬(あおうま)、1月16日の踏歌(とうか)と1月の3回に加えて、5月5日の端午(たんご)、11月の豊明(とよのあかり)に開かれていました。
この時代は正月料理という位置づけではなく、五節句のお祝い料理すべてが、「御節供」と呼ばれていました。

おせちがお正月の定番として受け入れられ始めた江戸時代

江戸時代になると、五節句は祝日として定められ、幕府の公式行事として位置付けられました。江戸時代は人日の節句は1月7日、上巳の節句は3月3日、端午の節句は5月5日、七夕の節句は7月7日、重陽の節句は9月9日です。

そして、庶民の間にも「御節供」が民間行事として広まったことで、1年に5回ある節句で豪華な料理がふるまわれるようになっていきました。
そして、五節句のうち新年を迎える最も重要な人日の節句の料理が、正月料理として定着しました。山や海の幸がおせち料理に取り入れられるようになり、江戸時代後期になると、現代のように料理一つひとつに意味が込められ、新年を祝うために食べるものとなりました。また、大みそかにおせち料理を作り、お正月に家族揃って食べる風習も生まれています。

また、おせち料理が重箱に詰めるスタイルとして確立したのは、江戸時代末期から明治時代にかけてのことです。重箱は、室町時代にすでに存在していたことが文献から分かっています。
江戸時代の初期から中期にあたる寛永から元禄の時代は、酒宴では重箱が用いられていました。しかし、寛永の後の宝永の時代になると、徐々に硯蓋(すずりぶた)といわれる盆状の器が用いられ、おせち料理もお膳に乗っていました。ところが、再び江戸時代末期になって硯蓋が使用されなくなり、おせち料理は重箱に詰めるのが一般的になったのです。

おせちが重箱に詰められるようになった理由はいくつかあり、一つは箱を重ねる=めでたさを重ねる」という意味によるものです。また、重箱に詰めることで場所をとらない、重箱に入れておくとお客様に振る舞いやすいといった理由も挙げられます。

「おせち」と呼ばれ始めた第二次世界大戦後

おせち料理は江戸時代末期には現代のものに近い形になりましたが、「おせち」と呼ばれるようになったのは、第二次世界大戦後のことです。それまで、おせちは、「食積(くいつみ)」、あるいは、「蓬莱」と呼ばれていました。

おせち料理は家庭で作られるものでしたが、終戦後はデパートで重箱入りのおせちが売り出されるようになりました。「おせち」という名称で売り出されたことが、広く一般的に「おせち」と呼ばれるようになったきっかけです。

現代ではおせち料理は伝統的なものだけではなく、洋風や中華風、和様折衷の料理が盛り込まれるなど、バラエティ豊かな商品が販売されています。有名シェフや有名レストランのプロデュースによる商品など、高級感あふれる商品もあります。
また、百貨店やスーパー、ネット販売など、様々な方法でおせちを購入できる時代になりました。
夫婦2人世帯など少人数向けの商品も展開されるなど人数や嗜好に合わせて、おせちを買いやすくなっています。また、自分で作ったものと購入したものを組み合わせて、重箱に詰めることも一般的です

まとめ

いかがでしたでしょうか?

新年の門出を祝うとともに、親戚や家族の皆様が素敵な一年を送れるように、色とりどりの宝石箱で食卓も彩ってみて下さい。きっと素敵な一年を送れると思います!


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